日本語を忘れてしまいました! 休みはもう二ヶ月になります. 楽しんでいますが、保土ヶ谷の皆さんを良く思い出しています。毎日忙しくて説教 を作ることができない。
。。。実は,暇なときに説教を作るより海岸へ行きたいから、サボっています!

じゃ、昔の説教を送ります。

タガロゴのことわざの一つに[NAsa diyos ang awa nasa tao ang gawa」というのがあります。意味は神様には哀れみがあり、人間には働きがある 。というものです。日本語のことわざの「天は自ら助くるものを助く」と同じよう な意味です。どこの文化でも働くことには価値があるのです。「働かざる者、食う べらず」。

現代の世の中を見ると。働くことによってたくさん物を自然から作り出しました今 の私たちの持っている物は自然からですね。例えば車のタイヤはマレーシャのゴム の木からですね。洋服の綿はアフリカの綿の木からですね。魚は海からの物ですね 。鉄とセメンットは山の中の地中から。

私たちのやっている仕事はほとんど自然から物を作り出すことに関係があります。 商売は自然から作り出した物を売るためです。教師は学生たちに自然からより良く また多く生産するために教えています。デザインナーは自然からいかにして美しい 物を作り出すかを設計します。などなど。やはり人間が働くことによりたくさんの 物を自然から搾取してしまいます。

この人間は自然から搾取しているこの真実を見ると働くことだけではなく、休むこ とも価値があると思えてきます。

イエス様は「人里離れたところへ行ってしばらく休むが良い」といわれました。今 日の福音だけではなくて、普段の生活の中での休むことといやすことには相関関係 があるのです。

たぶん前のことわざの逆に人間が哀れみあり、神様には働きがある。つまり人間が 休んだら神様の優しさ、神様によるいやし、神様の人間に対しての思いやりがもっ と深く感じることができるようになるのです。今のように人間が懸命に必要以上に 働かなくても、少し休んでも、困らないですよね。すでに神様が働いているから。