ある哲学者が「未来を思い出さなければなりません」と言いました。普通の話では過去を思い出すと言えま すが未来を思い出すと言う言い方はおかしいですね。でも現代の世界を見るとこの哲学者の話には知恵があ るかも知れません。

人間は時々自分の尊厳を忘れています。そして、自然が私たち人間を養い育ててくれるということを忘れて しまいます。休み方や幸せになる道さえ忘れてしまうことがあります。今の生活が忙しすぎるからです。自 分達が進歩することだけを考えて創り出したスピードに自分たちがあわせなければならなくなってしまった のです。この発展した世界の奴隷になったのです。

この生活は豊かな生活だと言えるのでしょうか。それは神様が望んでいる人間のあり方何のでしょうか。

神様は私たちに休みを与えたいのではないでしょうか。平安を私たちに与えたいのではないでしょうか。そ して、競争ではなく言葉やそれぞれのやり方があっても、皆が協力しあって未来に向かうことを神様は望ん でいるのではないでしょうか。毒がない世界と互いに癒し合う人たちを神様は望んでいるのではないでしょ うか。

私たちが忙しすぎて、神様の望みを忘れてしまったのです。私たちはこの神様と喜びを共にするために創ら れたことを忘れてしまいました。神様から与えられた自然は私たちの喜びのためだということもわすれてし まいました。進歩のためではなくて、自然の豊かさ私たちの休息や幸せのために創れたのです。

私たちの休みのない、自然を破壊された世界以外の世界があるのです。「昇天」というのはこの世界と人間 の「未来」を思い出させることなのです。私たちのために神様が準備した未来を思い出せば、天を見上げて 立ちすくんだままでいるのではなく、神様の望みを実現させるようになるのです。自然と共に。